T-SQUARE歴代メンバーの現在と変遷!安藤正容の引退理由と黄金期
日本が世界に誇るポップ・インストゥルメンタル・バンド、T-SQUARE(T-スクエア)。1978年のレコードデビュー以来、モータースポーツの金字塔『TRUTH』をはじめとする数々の名曲を世に送り出し、日本のフュージョンシーンを半世紀近く牽引し続けています。
結成以来、幾度ものメンバーチェンジやバンド形態の刷新を繰り返してきた彼らですが、2021年には創設者であり唯一のオリジナルメンバーだったギタリスト・安藤正容がバンドを離脱。「実質的な解散ではないのか?」「現在の体制はどうなっているのか?」と多くのファンが関心を寄せています。歴代メンバーが歩んできた足跡と脱退の真相、そして現在の活動状況を徹底検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の体制:サックス・EWIの伊東たけしとドラムの坂東慧による2人ユニット形態で精力的に活動継続中。
- 安藤正容の脱退理由:年齢に伴う演奏面での納得感、音楽的やり尽くし感を理由に、バンドの未来を後進へ託す前向きな勇退。
- 黄金期と現在:和泉宏隆の急逝を乗り越え、須藤満や則竹裕之ら歴代名手たちも現役最高峰のプレイヤーとして音楽シーンで共演を重ねている。
【2026年最新】T-SQUARE現在のメンバー構成と「ユニット体制」のリアル
現在のT-SQUAREは、フロントマンであるサックス・EWI奏者の伊東たけしと、作編曲の中核を担うドラマーの坂東慧の2名によるユニット体制を採用しています。
かつてのような5人編成の固定固定バンドという枠組みにとらわれず、アルバム制作やライブごとに日本屈指のトップミュージシャンをサポートに招聘するスタイルです。ギターには田中晋吾や外園一馬、YUMA HARA、ベースには森岡克司、キーボードには佐藤雄大や白井アキトといった新世代の実力派が名を連ね、往年の名曲から革新的な新曲まで変幻自在のアンサンブルを展開しています。
固定メンバーが2人になったとはいえ、楽曲のクオリティやライブのエネルギーが衰えることはありません。弱冠21歳で加入した坂東慧が成熟期を迎え、伊東たけしの情感豊かなブローと融合することで、むしろバンドサウンドはかつてないほどの柔軟性とダイナミズムを獲得しています。
創始者・安藤正容がバンドを去った本当の理由|引退説と脱退の背景
長年バンドの屋台骨を支え続けたギタリスト、安藤正容の脱退は、日本の音楽界に大きな衝撃を与えました。2021年リリースの通算48枚目となるアルバム『FLY! FLY! FLY!』と、同年夏のZepp Tokyo公演および中野サンプラザでのフェアウェルツアーをもって、彼は43年間守り続けた看板を下ろしました。
「なぜバンドの象徴である安藤正容が身を引いたのか」。ネット上では病気説や引退説も囁かれましたが、本人が語った理由は極めてプロフェッショナルなものでした。70代を目前に控え、「自分が納得できるレベルのギタープレイを維持し続けることの身体的負担」や、「T-SQUAREとしてやりたい音楽はすべてやり切った」という達成感が大きな要因です。
自身の限界を見据えながら、まだ高いパフォーマンスを披露できるうちに自ら幕を引くという引き際の美学でした。脱退後も音楽活動そのものを完全に引退したわけではなく、マイペースなソロ活動やギタリスト・みくりや裕二とのデュオ「あんみつ」など、より自由なスタンスでギターをつま弾く日々を送っています。バンドの重責を後進の坂東慧らに託し、円満にバトンを渡した脱退劇でした。
「解散」の噂はどこから出たのか?危機を乗り越えたメンバー変遷史
T-SQUAREには過去、何度か「解散説」が浮上した時期が存在します。最大の分岐点は2000年の「ユニット化宣言」でした。デビュー以来のバンド形態を一度解体し、安藤正容と伊東たけしの2人のみを受理メンバーとして残し、他メンバーを契約終了とするドラスティックな再編を断行したのです。
この劇的な方針転換はファンの間で「事実上の解散」と受け止められ、大きな波紋を呼びました。しかし、これはマンネリを打破し、プロジェクトとしてのT-SQUAREを延命・進化させるための苦渋の決断でした。2003年にはデビュー25周年を記念して黄金期メンバーが再集結し、期間限定で『THE SQUARE』名義の復活を果たすなど、ファンを歓喜させるサプライズも実現させています。
その後、2005年以降は安藤、伊東に加え、河野啓三(Key)や坂東慧(Dr)が正式加入し、再び強固な5人組バンドとして黄金期に匹敵する安定期を築きました。T-SQUAREが一度も看板を完全に下ろすことなく現在まで続いているのは、形を変えてでも音楽を届けるという創始者たちの強い執念があったからに他なりません。
『TRUTH』を生んだ黄金期メンバーの軌跡|伊東・和泉・則竹・須藤の伝説
バンドがもっとも商業的・音楽的な熱狂を生み出したのが、1980年代後半から1990年にかけてのいわゆる「第1次黄金期」です。フジテレビ系F1グランプリの中継テーマ曲として社会現象となった『TRUTH』をレコーディングした以下の5人は、今なおファンの間で神格化されています。
- 安藤正容:リーダー、ギター、メインコンポーザー
- 伊東たけし:サックス、EWI、フロントマン
- 和泉宏隆:キーボード、ピアノ、名曲を量産した叙情派メロディメーカー
- 須藤満:ベース、超絶スラッピングと圧倒的なステージパフォーマンス
- 則竹裕之:ドラム、卓越したテクニックと音楽的ダイナミクスを兼ね備えた天才ドラマー
この布陣で制作された『TRUTH』(1987年)や『YES, NO.』(1988年)、『WAVE』(1989年)などのアルバムは、インストゥルメンタル作品としては異例のチャート上位を記録しました。ジャズ・フュージョンの高度なアンサンブルにキャッチーなポップセンスを融合させたこの5人の科学反応こそが、T-SQUAREのパブリックイメージを決定づけました。
本田雅人の脱退理由と和泉宏隆の急逝|転換期を彩ったトッププレイヤーたち
1990年に伊東たけしが一度バンドを離れた後、新フロントマンとして迎えられたのが本田雅人でした。驚異的なハイトーンと超絶技巧を誇るマルチプレイヤーの本田が加入したことで、バンドは「第2次黄金期」と呼ばれるテクニカルな新境地へ突入します。名曲『MEGALITH』に象徴されるハイパーなサウンドは新風を吹き込みました。
しかし1998年、本田雅人はドラムの則竹裕之とともにバンドを脱退します。本田の脱退理由は、自身のソロアーティストとしてのキャリアを確立すること、そして自己の音楽性をより自由に追求するためでした。バンドという共同体の枠組みを超え、個人の表現者として勝負したいという意気込みからの前向きなステップでした。
一方で、バンドの歴史における最大の悲報となったのが、稀代のコンポーザー和泉宏隆の急逝です。『宝島』や『OMENS OF LOVE』など、吹奏楽界でもスタンダードとして愛され続ける名曲を残した和泉は、2021年4月に急性心不全のため62歳で突如この世を去りました。安藤の退団ツアー直前というタイミングでの別れはメンバーに計り知れない悲痛をもたらしましたが、彼の残したメロディは今なお伊東や坂東の手によって、ステージで大切に演奏され続けています。
【T-SQUAREのメンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:T-SQUAREとTHE SQUAREの違いは何ですか?
A1:1978年のデビューから1988年までは「THE SQUARE(ザ・スクエア)」名義でした。1989年にアメリカの同名バンドとの混同を避けることや海外進出を視野に入れ、表記を「T-SQUARE」に変更しました。現在も周年記念や旧メンバー集結企画などでは「THE SQUARE」名義が用いられることがあります。
Q2:則竹裕之と須藤満は現在どこで活動していますか?
A2:2人とも脱退後も第一線のスタジオミュージシャンとして活躍中です。則竹裕之はジャズ・フュージョン界のセッションや洗足学園音楽大学での後代育成、須藤満は人気フュージョンバンドTRIXでの活動やゴスペラーズのサポートなど幅広く活躍しており、現在でもT-SQUARE関連のイベントやOBセッションへ頻繁にゲスト出演しています。
Q3:キーボードの河野啓三さんはなぜ脱退したのですか?
A3:2004年から長年キーボードを務めた河野啓三は、2019年に脳出血で倒れ緊急手術を受けました。その後懸命なリハビリを経て復帰を果たしたものの、長時間のツアーや過密な活動を考慮し、2020年にバンドを正式退団しました。退団後も楽曲提供などでバンドを支えましたが、惜しまれつつ2024年に逝去しました。
まとめ:時代を超えて継承されるT-SQUAREサウンドの未来
創業メンバーの安藤正容の勇退や、和泉宏隆、河野啓三といった盟友たちとの別れを経験しながらも、T-SQUAREの航海は止まりません。
伊東たけしというバンドの歴史そのものである巨星が放つサックスの響きと、現代最高峰のミュージシャンとなった坂東慧のコンテンポラリーなリズムセンス。この2人が核となることで、T-SQUAREは単なる懐メロバンドに甘んじることなく、常に新しい世代のリスナーを魅了し続けています。
メンバーが変わり、形態が変わっても、そこに宿るキャッチーで疾走感あふれるメロディのスピリットは揺らぎません。歴代メンバーが築き上げてきた誇り高き歴史を胸に、彼らはこれからも進化を遂げながら日本のインストゥルメンタルシーンの先頭を走り続けます。 (出典: t square メンバー(Yahoo!ニュース))