大相撲の弓取り式とは?落とした時の厳格な作法や力士の条件を徹底解説
大相撲の本場所で結びの一番が終わった直後、静まり返った館内に呼び出しの声が響き、1頭の力士が鮮やかに弓を振り回す「弓取り式」。テレビ中継のエンディングで見かけるおなじみの光景ですが、この儀式が持つ本来の目的や、土俵に上がる力士がどのように選ばれているのかをご存知でしょうか。
実は弓取り式には、織田信長ゆかりの戦国武将のエピソードや、万が一「弓を土俵に落とした際」の驚くべきルールなど、知れば知るほど観戦に深みが出る伝統の掟が数多く存在します。今回は、土俵を締めくくる神聖な儀式の全貌を解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:弓取り式は「結びの一番の勝者」に代わって弓を受け取り、勝者を称え四方を清める神聖な儀式。
- 要点2:務める力士は原則「横綱がいる部屋の幕下力士」であり、毎日の土俵で特別な手当が支給される。
- 要点3:弓を落とした時は「手で拾うと敗北(手落ち)」を意味するため、足の甲で跳ね上げて拾う厳格な作法がある。
【結びの儀式】大相撲の「弓取り式」とは?込められた意味と歴史的由来
大相撲の本場所において、毎日の全取組が終了した後に土俵上で行われる最後の儀式が「弓取り式」です。結びの一番が終わると、勝った力士が勝ち名乗りを受けて懸賞金を受け取りますが、本来であればその勝者が弓を受け取り、喜びの舞を披露するのが古くからの習わしでした。しかし、現代では勝った力士本人が舞うのではなく、勝者の代行として選ばれた力士が土俵に上がり、華麗な所作を奉納する形式が定着しています。
この儀式のルーツを辿ると、平安時代の宮中行事「相撲節会(すまひのせちえ)」にまで遡ります。勝者に恩賞として弓が与えられた伝統が基盤にあり、さらに歴史を決定づけたのが戦国時代です。織田信長が安土城で上覧相撲を催した際、優勝した力士に対して自らの弓を与えて称賛し、その力士が弓を持って喜びの舞を舞ったことが現在のスタイルの直接の起源とされています。
江戸時代後期になると相撲興行の千秋楽の恒例行事となり、昭和中期以降は毎日行われる神聖な儀式として確立されました。単なるパフォーマンスではなく、天下泰平や五穀豊穣への祈祷、土俵の邪気払いといった宗教的な意味合いも色濃く残されています。
【誰が務める?】弓取り式を担当する力士の条件と意外な選出基準
土俵中央で堂々と化粧まわしを締め、観客の視線を一身に浴びる弓取り力士ですが、大関や関脇といった三役以上の人気力士が務めるわけではありません。弓取り式を担当できる力士には、相撲界の厳格な慣例と条件が存在します。
最大の原則は、「横綱を擁する部屋の幕下力士」から選ばれるという点です。横綱不在の場所や、横綱の部屋に適任者がいない場合は同じ一門(部屋のグループ)の幕下力士が代行することもありますが、基本的には横綱の付け人を務めるような有望な若手力士に白羽の矢が立ちます。
選出にあたっては、単に所属部屋が該当しているだけでなく、以下の厳しい適性が求められます。
- 体格と風格:大銀杏を結える髪の長さがあり、土俵上で見栄えのする恵まれた体躯であること。
- 所作の美しさとリズム感:約2メートルある長弓を自在に操る器用さと、土俵の東西南北を力強く踏みしめる四股の美しさ。
- 強靭なメンタル:万人の観客とテレビカメラの前で、絶対にミスが許されない極限のプレッシャーに耐え抜く精神力。
本場所中は毎日、結びの一番の直後にスタンバイしていなければならず、自身の取組日程と重なる過密スケジュールをこなすタフさも必須です。
【手落ち厳禁】もし弓を落としたらどうなる?「足で拾う」知られざる厳格な作法
弓取り式を観戦する際、知る人ぞ知る最大の緊迫ポイントが「弓を落とした場合の対応」です。弓を激しく回転させる所作の最中、汗で手が滑るなどして万が一弓を土俵上に落としてしまった場合、絶対にやってはならない掟があります。
それは、「手を使って弓を拾ってはならない」という鉄則です。
相撲の世界において、土俵に手をつくことは「負け」や「死」を連想させ、古来より「手落ち(不祥事や過失、敗北)」として極めて不吉なものと忌み嫌われてきました。そのため、落とした弓を拾う際は、右足の甲に弓の弦や本体を乗せ、足の力で宙へ跳ね上げて右手でキャッチするという驚異的なリカバリー作法が定められています。
弓取りを務める力士は、日々の稽古で弓を回す技術だけでなく、この「足で跳ね上げて拾う技術」も徹底的に叩き込まれます。何事もなかったかのように足先で弓を宙に舞わせ、涼しい顔でキャッチして舞を再開する姿は、まさにプロの相撲道が凝縮された瞬間です。
【華麗な所作】弓取り式のやり方と手順|四方を清め勝者を讃える舞の秘密
弓取り式の所作は、ただ弓を振り回しているだけではありません。一連の動きには細かな意味が込められており、約2分間の演舞の中に伝統の作法が凝縮されています。
基本的な手順とやり方は次の通りです。
- 土俵への登壇と礼:呼び出しの合図とともに東側の花道から入場し、土俵下で一礼して土俵へ上がる。
- 四股を踏む:土俵中央で弓を左手に持ち、邪気を祓うように力強く四股を踏む。
- 東西南北への構え:弓を両手で持ち、東西南北の四方に向けて弓を引き絞るような所作を行い、結界を張る。
- 弓の旋回:弓の中央を握り、身体の周囲で風を切るように激しく回転させる。この技芸は「弓を回す」と呼ばれ、最も技術を要する見せ場となる。
- 納めの礼:所作を終えると弓を抱え、土俵中央で深々と礼をして花道を引き揚げる。
この所作は、天地の神々に感謝を捧げ、土俵に集まった観客の無病息災を祈る儀礼としての側面を持っています。
【気になる待遇】弓取り式力士の手当や給料事情と土俵裏のリアル
幕下力士は通常、日本相撲協会から月給が支給されず、本場所ごとの「場所手当」のみで生活しています。しかし、弓取り式を務める力士には、その重責と特殊技能に対して「弓取り手当」と呼ばれる特別な報酬が支給されます。
手当の金額は1場所(15日間)を通しておよそ数十万円規模とされており、毎日の責任に見合った待遇が用意されています。また、弓取り力士が締めている豪華な化粧まわしは、基本的にその力士が所属する部屋の横綱から贈られたものや、一門の有力後援者から提供された特別なものが使われます。
幕下でありながら関取並みの化粧まわしを締め、満員の観衆の前で毎日土俵に立てることは、力士にとって大きな名誉であり、日々の厳しい稽古を乗り越える強いモチベーションにもなっています。
【相撲最新事情】歴代の名手たちと関取へのステップアップ
かつて相撲界には「弓取りを務めた力士は関取(十両以上)になれない」という都市伝説のようなジンクスが存在した時代もありました。弓取りの稽古や重圧に時間を取られ、本業の相撲の稽古が疎かになるのではないかと懸念されたためです。
しかし、歴代の担当者たちはその不名誉なジンクスを次々と打ち破ってきました。古くは元関脇の益荒雄や、平成期に弓取りを務めながら幕内まで昇進した皇司、巴富士など、数多くの実力者が弓取り経験を経て関取の座を掴んでいます。
近年でも、横綱の休場や土俵の世代交代に合わせて実力派の幕下力士が弓取りに抜擢され、見事な所作で観客を魅了した後に十両昇進を果たすケースが見られます。現代の大相撲において弓取り式は、将来の関取候補が度胸を据え、土俵上での存在感を磨く「若手の登竜門」としての役割も担っています。
【弓取り式とは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:弓取り式で使われている弓矢に本物の矢はついているのですか?
A1:儀式で使用されるのは「弓」のみであり、矢は使用しません。長さ約2.1メートルの白木で作られた専用の長弓を用います。
Q2:千秋楽の弓取り式は普段の日と何か違いがありますか?
A2:千秋楽のみ、弓取り式の前に「これより三役」の揃い踏みが行われ、儀式の締めくくりには行司胴上げなどの特別な儀礼(出世力士手打式など)へと続くため、館内の熱気と厳かさが一層高まります。
Q3:横綱が全員休場している本場所では、誰が弓取りを務めるのですか?
A3:横綱が不在の場合は、大関が所属する部屋や、協会内で選定された一門の幕下力士が担当します。伝統が途切れることはなく、15日間必ず執り行われます。
まとめ:結びの土俵を彩る伝統美|知れば大相撲がさらに面白くなる
大相撲の締めくくりを飾る「弓取り式」は、平安時代の勝者への恩賞に始まり、織田信長の時代を経て受け継がれてきた格式高い神事です。勝者の栄誉を讃え、邪気を祓う四方の所作や、弓を落とした際に足で跳ね上げる厳格な掟など、土俵上の一挙手一投足に先人たちの知恵と美学が息づいています。
幕下の精鋭力士が極限の集中力で魅せる華麗な弓さばき。テレビ観戦や本場所への来場の際は、結びの一番の熱気が冷めやらぬ土俵で繰り広げられる「最後の勝者の舞」に、ぜひ注目してみてください。 (出典: 弓取り 式 と は(Yahoo!ニュース))